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金沢地方裁判所 平成3年(ワ)100号 判決

主文

一  被告上棚生産森林組合の平成二年一一月一五日開催の臨時組合総会においてされた、

1  能登志賀リゾート開発計画に反対し平成元年一一月二八日付の同意書が無効であることを宣言する件を否決する、

2  德山正雄理事を解任する件を否決する、

3  欠員となっていた監事に柳川外喜三を選任する旨の各決議をいずれも取り消す。

二  原告らと被告らとの間において、別紙当事者目録記載の被告山下時義以下一八名の被告らが被告上棚生産森林組合の組合員でないことを確認する。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

主文と同旨(主文一項の各決議については、不存在確認及び無効確認をも選択的に請求)

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  被告上棚生産森林組合(以下「被告組合」という。)は、森林組合法上の法人である。原告らは、被告組合の組合員である。

2  別紙当事者目録記載の被告山下時義以下一八名の被告(以下「個人被告ら」という。)は、平成二年一〇月三一日に開催された被告組合の理事会(以下「本件理事会」という。)において、被告組合への加入につき承認を得た。

3  平成二年一一月一五日に開催された被告組合の臨時総会(以下「本件総会」という。)において、個人被告らを含む三一名(本人が出席した者一七名、委任に係る代理人が出席した者一四名)により、主文一項記載の各決議(以下「本件総会決議」という。)がされた。

4  なお、個人被告ら一八名を除くとき、被告組合の組合員は、三六名(原告ら主張)ないし四〇名(被告ら主張)である。

二  争点

1  個人被告らは被告組合の組合員資格を有するか

被告らは、個人被告らは、関係法令等に定められた要件である「被告組合の地区内に住所を有し、かつ林業を行い又はこれに従事するもの」に該当する有資格者であると主張し、原告らは、これを否認し争う。

2  被告組合への加入は総会決議事項か理事会決議事項か

原告らは、関係法令上個人被告らが被告組合に加入するには、組合総会による議決が必要であると主張し、被告らは、理事会における承認決議で足りると主張する。

3  本件総会は定足数を充足しているか

個人被告らが組合員であるかどうかによって、定足数を満たしていたかどうかが左右される関係にある。

4  本件は右のような争点をめぐって、原告らが全部の被告を相手方として個人被告らが被告組合の組合員でないことの確認を求めるとともに、被告組合を相手方として本件総会決議の効力等を争う(決議の不存在確認、決議の無効確認及び決議の取消しを選択的に請求する)ものである。

第三  争点に対する判断

一  争点1(組合員資格)について

1  森林組合法九四条二号によると、生産森林組合の組合員の資格の一は、「組合の地区内に住所を有する個人で林業を行うもの又はこれに従事するものであって、定款に定めるもの」と規定されている。そして、被告組合の定款八条によると、被告組合の組合員たる資格の一は、被告組合の地区内に住所を有する個人であるとされている(〈書証番号略〉)。そして、被告組合の定款三条によると、被告組合の地区は石川県羽咋郡志賀町字上棚(以下単に「上棚地区」という。)であるから、結局被告組合の組合員資格の一は、「上棚地区に住所を有しかつ林業を行い又はこれに従事する個人」ということになる。

2  そこで、この被告組合の組合員資格要件である「林業を行い又はこれに従事するもの」の意義につき検討すると、森林組合法一条、九三条、森林法一条、二条その他の関連する規定によると、森林組合法は、森林が国土の保全等公益的機能を有しかつ木材資源の生産の場であることから、森林の保続培養及び森林生産力の増進を図ることを目的とするものであって、同法に依拠して設立される法人たる生産森林組合は、森林所有者等が森林経営を共同化し合理化することによって森林経営を安定させ、もって同法の右目的を達成することに資するための組織であると位置付けることができる。したがって、同法九四条二号所定の「林業を行い又はこれに従事するもの」とは、造林、保育、伐採等第一次産業としての林業を経営し又はこれに従事するものを意味すると解するのが相当である。

右につき、被告らは、自然環境の保全を図りつつ森林を森林リクリエーションの場の提供等へ転化する事業もここにいう林業に含まれるとし、本件の個人被告らはかかる意味において右「林業を行い又はこれに従事するもの」に該当すると主張する。しかし、「森林を森林リクリエーションの場の提供等へ転化する」事業とは、たとえそれが自然環境の保全をも図りつつされるにしても、それ自体としては、当該事業に係る箇所に着目する限り、程度の差はあれ森林を消滅させる事業にほかならないのであるから、前示の本来的意義における「林業を経営し又はこれに従事するもの」に該当しないことが明らかである。すなわち、専ら森林を消滅させる事業に従事するだけのものが、「生産」森林組合の組合員たりうる「林業を行い又はこれに従事するもの」に該当すると解することは、前示森林組合法の趣旨目的に合致せず、かつ同法及び森林法の法文の素直な読み方に著しく反する。よって、その余の点について論ずるまでもなく、被告らの右主張は到底採用できない。

3  次に、もうひとつの資格要件である上棚地区に「住所」を有することについて検討する。この「住所」の概念については、森林組合法をはじめ林業基本法、森林法等関連する法領域において、その法制度の趣旨・目的から独自に定められるべきものであって、必ずしも民法その他の法律上の「住所」概念と合致することを要しない。しかし、本件における生産森林組合の組合員資格たる「住所」を考える限り、前示法の趣旨・目的を検討しても、民法上の住所概念と別異に解すべき格別の事由を見出せないので、これとほぼ同様に解するのが相当であり、少なくとも、単に形式だけの住民票上の住所の移動をもって直ちにその移動先を住所と見ることは到底できず、その移動先が仮に生活の本拠とまではいえなくても、それに類似したものであるか、少なくとも自然人としての日常的実生活に相当程度密着した場所でなければならないものと解するのが相当である。

4  ところで、以下各所で示す証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件総会決議が行われるに至った背景、経緯、被告らの経歴等につき、以下の事実が認められる。

すなわち、本件総会の開催された当時、上棚地区において、「能登志賀リゾート開発計画」と仮称するリゾート開発計画(以下「本件開発計画」という。)が提唱され、被告組合内においては本件開発計画に対する賛否が分かれ、組合員間に厳しい対立があった。なお、本件開発計画の事業主は日コンハウス工業株式会社であり、地権者に対し用地の取りまとめを担当するのは有限会社大生地建及び株式会社石川サンホームであった(〈書証番号略〉)。

そして、本件理事会決議ないし本件総会決議のなされた当時、被告山下時義及び同中塚賢治は日コンハウス工業株式会社の従業員、同津田正雄は有限会社大生地建の代表取締役、同河合章は株式会社石川サンホームの代表取締役であった(〈書証番号略〉)。そして、被告辻口喜彦及び同辻口宏子並びに右両名の母である同辻口アイコを除くその余の個人被告らは、いずれも、右三社を含む本件開発計画の事業会社の関係者であった。

折柄、平成二年一〇月二四日付けで、本件総会である臨時組合総会を平成二年一一月一五日に開催する旨の招集通知が組合長名義で各組合員に対し発出されたが、その議題は、(一)能登志賀リゾート開発計画に反対し、平成元年一一月二八日付の同意書が無効であることを宣言する件、(二)德山理事を解任する件、(三)欠員となっている理事及び監事を選挙する件、(四)その他、というものであった(〈書証番号略〉)。

そして、前示招集通知のとおり、本件総会が平成二年一一月一五日に開催され、まず德山正雄組合長が個人被告らの加入を理事会が承認したことを報告したところ、これに対して原告森田茂雄らから質疑があるなどして発言し出したことから議事が紛糾し、原告藤田敬夫が流会を表明し、これに呼応して原告らが退席し、その結果、委任に係る代理人によるものを含めて合計二二名の組合員が欠席するに至り、その後に、個人被告ら一八名を含む三一名の組合員により、本件各決議が行われたものである(〈書証番号略〉)。

5  しかるところ、被告山下時義、同中塚賢治、同中山久司、同常谷敦宏、同中村正司、同西屋智加子、同津田政夫、同大葉敏正、同井藤重信、同山下周一、同山根実、同野村洋一、同今野次男、同河合章及び同河合陽子の一五名は、いずれも、右招集通知の直後で本件総会決議の直前である同月二五日から同月二九日までの間に、揃って住民票上の住所を上棚地区に移したものである(〈書証番号略〉)。その上で、同月三一日、被告組合の理事会は個人被告らが被告組合に加入することを承認したものである(〈書証番号略〉)。

6  しかし、平成二年一二月二一日に実施された検証(証拠保全)の結果によると、被告山下時義、同中塚賢治、同中山久司、同常谷敦宏、同中村正司、同西屋智加子、同津田政夫、及び同大葉敏正の八名の住民票上の右移動後の住所である石川県羽咋郡志賀町字上棚ホの二五番地所在の建物は、プレハブ二階建ての建物であるが、右建物の前には「志賀リゾート開発、準備室、事務所」と記載された看板があり、一階には事務室と台所と洗面所しかなく、二階には二四畳の和室と一四畳(うち七畳は板の間)の部屋があるが、押入れがなく、寝具類や暖房器具も置かれておらず、右八名の被告らがこの建物において生活しているものとは到底認められないような状態であったことが認められる。同じく、右検証の結果によると、被告井藤重信、同山下周一、同山根実、同野村洋一、同今野次男、同河合章、同河合陽子、同辻口喜彦、同辻口宏子、及び同辻口アイコの一〇名の住民票なしい戸籍附票上の住所である石川県羽咋郡志賀町字上棚ホの一八三番地所在の建物は、右アイコの夫である辻口喜代治の所有であるが、玄関には表札がなく郵便受けにも何ら氏名の表示がなく、この建物において右一〇名の被告が生活しているとは到底認められないような状態であったことが認められる。

右検証は、本件総会決議から一箇月程後に行われており、その時点における右一八名の住所とされる建物の実態が右のようなものであったという事実は、本件理事会決議及び本件総会決議の行われた当時も同様であって、上記一八名の被告は住民票ないし戸籍附票上の住所を生活の本拠としていなかったことを容易に推認させるものである(ただし、被告辻口アイコについては、後記のとおり)。

7  右のような生活状況について、被告らは、その平成三年七月一八日付け準備書面において、大略次のとおり主張する。すなわち、まず「人の社会関係が段階的かつ複数的存在をなしている以上、人の法律的存在もまた段階的、複数的に認識できるのであって、広義且つ複数的に住所を理解することができるのである。」とした上で(「住所」概念の一般論として見る限り、当裁判所が先に述べた各法律関係の趣旨目的による相対的な解釈も、被告らが右に述べるような考え方を特に排斥しているわけではないので、その大前提については特に論じない。)、「個人被告らのうちの一五名は、本件開発計画の事業主たる日コンハウス工業株式会社及びその委託先の株式会社石川サンホームの従業員若しくはその関係者であっても、右上棚地区の住民票上の住所を一定の目的企図実現のため「住所」と定めて生活をスタートさせたものであって、該目的、企図の遂行実現程度に応じ、生活実体を具備しかつ充実させていく心積りなのであるから、スタート当初において生活実体が看取できないからという理由で、右が「住所」と評価できないことにはならない。」旨主張する。

右主張中の小前提というべき後段部分についても、例えば、スタート当初において生活実体が看取できないというだけで、直ちにその「住所」性が否定されるわけではないなどという主張部分に関しては、一般論としては是認しうる。しかし、本件で問題となるのは、一般論ではなく、個人被告らの具体的な生活の実情であるところ、前記検証後、本件口頭弁論終結日である平成三年七月一八日までの約七箇月間に、右被告らの生活実体が客観的に特に「具備ないし充実化」されたという証拠はないし、そもそも、前記検証結果によれば、この検証に係る建物二棟は、被告辻口喜彦及び同辻口宏子並びに右両名の母である同辻口アイコを除くその余の一五名もの個人被告らが「生活実体を具備し充実させる」ような外形、規模、内容を有していないものといわざるを得ないのであるから、ひっきょう被告らの右主張は、本件の具体的事案に関する限り、被告らが「住所」にしようと考えた所が住所であると主張するに等しく、到底採用できない。

加えて、右被告ら主張の「一定の目的企図実現」なるものが本件において具体的に何を示すのか、被告らの主張は明確ではないが、憶測すると、まさに本件開発計画を遂行、現実化することを指すものというべきところ、各個人被告らが、そのために従前の「生活実体」をどのように変化させようとしたのか、この点につき現段階までに現実にどれだけの移行、変動があったのかについては、何ら具体的な主張立証がない。森林組合法上の生産森林組合の組合員資格が争われている事案において、そのような主張立証活動がないということは不自然というべきであって、前示の本件総会の招集、その直後の右一五名もの被告個人らの一斉の転居届出、その直後の一斉の組合加入、その直後の本件総会決議の経過等々の事実、本件総会決議の時点における前示個人被告らの生活実体のほか、前掲各証拠及び弁論の全趣旨に現れた一切の事情を総合すると、個人被告らの右住民票上の住所の移動は、専ら本件総会において本件総会決議に係る議決権行使のため、組合員資格の一要件を具備すべく、およそ「生活実体」を無視して、方便として行われたものと断ずるほかない。

8  以上のとおりであって、被告山下時義、同中塚賢治、同中山久司、同常谷敦宏、同中村正司、同西屋智加子、同津田政夫、同大葉敏正、同井藤重信、同山下周一、同山根実、同野村洋一、同今野次男、同河合章及び同河合陽子に関しては、本件理事会決議ないし総会決議の直前に右住民票上の住所を他所から上棚地区に移したものであって、本件理事会決議ないし総会決議の当時、住民票上の住所は上棚地区にあったことが認められるけれども、右検討の結果のとおり、前示検証に係る建物において実際に生活していたものとは到底認めることができず、上棚地区に「住所」を有していたとは認めることができないものである。

9  右の一五名の個人被告らと異なり、被告辻口喜彦及び同辻口宏子並びに右両名の母である被告辻口アイコについては、本件総会決議直前に住民票上の住所を移転したものではない(〈書証番号略〉)が、同被告らにしても右住所がその生活の実際と密接に結びついていたことを認めさせるような証拠はなく、また、いずれにせよ、これら三名の被告が林業を経営し又はこれに従事していることを認めさせる証拠も全くない。もっとも、被告辻口アイコについては、あるいは前示検証に係る夫辻口喜代治所有の建物で暮らしていたのかもしれないと考えられる節がないではなく、また同女が同所に住所を有することについては、原告らが認めているところである(訴状の記載)。

この点、その余の個人被告らの場合と同様に、同女の右住居における生活実体がいかなるものであるのか、被告らにおいて全く主張立証しないので判断のしようがないが、ここでは原告らが自認するところに従っておく。

10  以上に加えて、個人被告ら一八名が上棚地区にある森林又はその森林についての権利を被告組合に現物出資したことを認めさせる証拠も全くない。

11  したがって、本件における個人被告ら一八名は、本件理事会及び本件総会当時、いずれも被告組合の組合員たる資格要件をことごとく有しなかったことになる。わずかに、被告辻口アイコに右「住所」があった程度である。

二  争点2(被告組合への加入は総会決議事項か理事会決議事項か)について

1  森林組合法一〇〇条二項は同法六一条一項八号の「組合」を「森林組合」に読み替えた上で右条項を生産森林組合に準用しているから、生産森林組合に準用される同法六一条一項八号は生産森林組合が森林組合もしくは森林組合連合会へ加入し又はこれらから脱退する場合に総会の議決を要する趣旨であると解するのが相当である。そして同法には特に生産森林組合への加入についての規定はないから、同法は生産森林組合への加入手続につき各生産森林組合の定款の定めるところに委ねたものと考えられる。

被告組合の定款九条二項によると、被告組合においては組合員の加入については理事会が諾否を決するとされており、被告組合における組合員の加入は理事会の決議事項であると解するのが相当である。

2  しかし先に認定したとおり、個人被告らはいずれも本来被告組合の組合員資格を有していないから、本件理事会決議には組合員資格のない者の加入を承認したという瑕疵がある。そして、被告組合の組合員数が従前三六名ないし四〇名という規模からして、組合員が一挙に一八名も増加することはその運営に重大な影響を及ぼすことは明らかであり、しかも、そのほとんどの者が従前上棚地区に住んでおらず、かつおよそ林業と関係がないものであることからして、右瑕疵は重大かつ明白であるから、本件理事会決議は明らかに無効であるというべきである。

以上のとおり、個人被告らはいずれも被告組合の組合員資格を有せず、かつ右被告らの加入を承認した理事会決議も無効と認められるから、個人被告らは被告組合の組合員としての地位を有しない。したがって、個人被告らが被告組合の組合員でないことの確認を求める原告らの請求は理由がある。

三  争点3(本件組合総会は定足数を充足しているか)について

被告組合の定款三八条一項によると総会決議の定足数は全組合員の半数とされ、被告組合の組合員数は個人被告らを除いて三六名以上である(当事者間に争いがない。被告らの主張では、四〇名である。)ことから、本件総会決議の定足数は少なくとも一八名となり、一方本件総会決議に参加した組合員は個人被告ら一八名を含む三一名であった(当事者間に争いがない。)から、本件総会決議は組合員としての地位を有しない個人被告らを除いた一三名の組合員が出席したところでなされたことになり、定足数を満たさない。

定足数を満たさない決議は、取り消されるべきものである(最高裁昭和四七年一一月八日大法廷判決最高裁判所民事判例集二六巻九号一四八九頁参照)から、本件総会決議の取消しを求める原告らの請求は理由がある。

(裁判長裁判官 伊藤剛 裁判官 橋本良成 裁判官 伊藤知之)

別紙 当事者目録〈省略〉

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